テストステロンの包括的・統合的解析:生理学的機序、臨床的意義、および最適化戦略に関する徹底的研究報告
テストステロンで性欲が増えるとか、筋トレでテストステロンが増えるとか、なんだかよくわからないテストステロンについて調べてみた。
この調査レポートを読むことで、テストステロンがどのように体に作用するのか、テストステロンを増やすためにはどうしたら良いのかがわかる。
読者の皆様のご意見や感想をコメント頂けると幸いだ。
1. 序論:内分泌学的定義と歴史的変遷
1.1 テストステロンの生物化学的定義
テストステロン(Testosterone)は、脊椎動物の主要なアンドロゲン(男性ホルモン)であり、化学的にはシクロペンタノペルヒドロフェナントレン骨格を持つC19ステロイドホルモン(17β-hydroxyandrost-4-en-3-one)である。この分子は、生体内においてコレステロールを出発物質として生合成され、その疎水性の性質により細胞膜を透過し、核内受容体を介して遺伝子発現を調節する強力な生理活性物質として機能する。
主要な産生部位は男性においては精巣(睾丸)のライディッヒ細胞(Leydig cells)であり、全分泌量の95%以上を占める。女性においては、卵巣の莢膜細胞(Theca cells)および副腎皮質の網状帯から分泌されるほか、末梢組織においてアンドロステンジオンなどの前駆体から変換されることでも産生される1。血中を循環するテストステロンの多くは性ホルモン結合グロブリン(SHBG)やアルブミンと結合しており、生理活性を持つ「遊離型(フリーテストステロン)」は全体の1〜3%に過ぎない。この遊離型こそが組織に移行し、受容体に結合して作用を発揮する主要な画分である。
1.2 内分泌学的制御機構:HPG軸のダイナミクス
テストステロンの分泌制御は、視床下部-下垂体-性腺軸(HPG軸:Hypothalamic-Pituitary-Gonadal axis)と呼ばれる精緻なフィードバックループによって維持されている。このシステムの理解は、テストステロンの増減要因を解析する上で不可欠な基盤となる。
- 視床下部からの指令: 視床下部の弓状核などの神経細胞は、性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)を約90〜120分間隔のパルス状に分泌する。このパルス状分泌は、下垂体受容体の脱感作(ダウンレギュレーション)を防ぐために生理的に必須である。
- 下垂体前葉の応答: 門脈系を介して到達したGnRHは、下垂体前葉の性腺刺激ホルモン産生細胞を刺激し、黄体形成ホルモン(LH)と卵胞刺激ホルモン(FSH)の分泌を促す。
- 精巣でのステロイド合成: LHは血流に乗って精巣に到達し、ライディッヒ細胞膜上のLH受容体(Gタンパク質共役型受容体)に結合する。これによりアデニル酸シクラーゼが活性化され、cAMP(サイクリックAMP)濃度が上昇する。cAMPシグナルはプロテインキナーゼA(PKA)を活性化し、ステロイド合成急性調節タンパク質(StAR)の発現とミトコンドリアへのコレステロール転送を促進する。これが律速段階となり、コレステロールからプレグネノロン、プロゲステロン、アンドロステンジオンを経て、最終的にテストステロンが合成される1。
- ネガティブフィードバック: 血中テストステロン濃度が上昇すると、視床下部および下垂体に作用してGnRHおよびLH/FSHの分泌を抑制し、過剰な産生を防ぐ恒常性維持機構が働く。
1.3 歴史的背景と医学的認識の変遷
テストステロン研究の歴史は、内分泌学そのものの歴史と重なる。1889年、神経学者シャルル=エドゥアール・ブラウン・セカール(Charles Édouard Brown-Séquard)は、72歳の自身に対し、犬やモルモットの精巣から抽出した液体を皮下注射する実験を行った。彼は、前腕の屈筋力の増大、排尿流の改善、排便の容易化、そして認知能力の主観的な向上を報告した2。当時の医学界からは懐疑的な目を向けられたが、これは「内分泌補充療法」の概念を提唱した先駆的な試みであり、後のテストステロン単離(1935年)へとつながる重要なマイルストーンであった。
現代医学において、テストステロンは単なる「性機能ホルモン」としての枠を超え、筋肉、骨、造血、代謝、血管機能、そして精神神経機能に至るまで、全身の臓器システムに影響を及ぼす多機能ホルモン(pleiotropic hormone)として再定義されている。特に、加齢に伴うテストステロン低下が、メタボリックシンドローム、心血管疾患、認知症、うつ病のリスク因子となり得ることが明らかになり、予防医学の観点からも注目度が高まっている2。
2. 分子生物学的・生理学的メカニズムの詳細解析
テストステロンが人体に及ぼす多様な作用は、細胞レベルでの複雑なシグナル伝達経路によって支えられている。ここでは、アンドロゲン受容体を介したゲノム作用と、それ以外の非ゲノム作用、および代謝産物による作用分岐について詳述する。
2.1 アンドロゲン受容体(AR)を介したゲノム機構
テストステロンの作用の大部分は、核内受容体スーパーファミリーに属するアンドロゲン受容体(AR)を介して発現する。
- 細胞内動態: 遊離テストステロンは標的細胞の膜を拡散により通過し、細胞質内に存在するARに結合する。未結合の状態のARは熱ショックタンパク質(HSP)と複合体を形成して不活性化されているが、リガンド(テストステロン)の結合によりHSPが解離し、ARの構造変化が誘発される。
- 核内移行と転写調節: 活性化したARは二量体(ダイマー)を形成し、核内へ移行する。核内ではDNA上の特定領域であるアンドロゲン応答配列(ARE)に結合し、コアクチベーター(共役活性化因子)のリクルートを伴って標的遺伝子の転写を開始する4。
- 筋肥大の分子機序:
- Wnt/β-カテニン経路: 骨格筋において、リガンド結合ARはβ-カテニンと結合して核内へ移行し、T細胞因子-4(TCF-4)と複合体を形成する。この複合体はフォリスタチン(Follistatin)の発現を上方制御する4。
- ミオスタチン阻害: フォリスタチンは、筋肉の成長を抑制するTGF-βファミリーのミオスタチンやアクチビンと結合し、その作用を阻害する。これにより、筋形成(myogenesis)が促進され、同時に脂肪生成(adipogenesis)が抑制されるという「同化作用」と「抗脂肪作用」の二重の効果が発揮される4。
- 前駆細胞の運命決定: テストステロンは間葉系前駆細胞の分化運命を制御し、脂肪細胞への分化を抑制しつつ、筋原性系統への分化を促進することで、筋芽細胞の数を増加させる4。
2.2 代謝産物による作用の分岐:DHTとエストラジオール
テストステロンは「プロホルモン(前駆体ホルモン)」としての側面も持ち、組織特異的な酵素によって変換されることで異なる生理作用を発揮する。
- 5α-還元酵素とジヒドロテストステロン(DHT):前立腺、精嚢、毛包(特に頭皮)、外性器皮膚などでは、5α-還元酵素(5-alpha-reductase)の作用により、テストステロンはジヒドロテストステロン(DHT)に還元される。DHTはARに対してテストステロンの約3〜5倍の親和性を持ち、より強力なアンドロゲン作用を示す。胎児期の外性器形成や思春期の前立腺発達、男性型脱毛症(AGA)の発症にはDHTが主導的な役割を果たす1。一方、骨格筋においては5α-還元酵素の活性が極めて低く、DHTへの変換は筋肥大作用には必須ではないことが示されている。実際、5α-還元酵素阻害薬を投与しても、テストステロンによる筋同化作用は阻害されない4。
- アロマターゼとエストラジオール:脂肪組織、脳(特に視床下部や海馬)、骨組織においては、CYP19A1(アロマターゼ)によってテストステロンの一部がエストラジオール(E2)に変換される。男性におけるエストラジオールは、骨密度の維持(骨端線の閉鎖や骨吸収の抑制)、性欲の調節、体脂肪蓄積の制御において決定的な役割を担う2。アロマターゼ欠損症の男性が著しい骨粗鬆症と高身長(骨端線閉鎖不全)を呈することからも、その重要性は明らかである。
2.3 ビタミンD受容体(VDR)とのクロストーク
近年の分子生物学的研究は、アンドロゲンシグナルとビタミンDシグナルの間に密接な相互作用が存在することを明らかにしている。
- 相互制御: アンドロゲン受容体(AR)とビタミンD受容体(VDR)は、前立腺細胞などにおいて相互に発現や機能を調節し合っている。例えば、ARの発現増加はVDRの発現を抑制する一方、ARシグナルの抑制はVDRの発現を誘導し、活性型ビタミンD(1,25(OH)2D3)による細胞増殖抑制効果を増強することが示されている5。
- 臨床的示唆: この知見は、ビタミンD欠乏がアンドロゲン作用の効率を低下させる可能性、あるいは逆にビタミンDの充足がテストステロンの生理機能をサポートする補助因子として働く可能性を示唆している。前立腺がん治療においては、このクロストークを利用した治療戦略も研究されている7。
3. 人体への多面的影響:システム別詳細解析
テストステロンの影響範囲は極めて広範であり、それぞれの組織において特異的な生理学的役割を果たしている。
3.1 筋骨格系への影響:構造的・機能的強化
テストステロンの最も顕著な作用は、除脂肪体重(Lean Body Mass)の増加と筋機能の向上である。
- 筋肥大とサテライトセル: テストステロン投与は、タイプ1(遅筋)およびタイプ2(速筋)の両方の筋線維断面積を増大させる。これは単なるタンパク合成の亢進にとどまらず、筋衛星細胞(サテライトセル)の増殖と筋線維への融合を促進し、筋核(myonuclei)の数を増やすことで、より大きな細胞質容積を維持できる環境を作り出すことによる4。
- 身体機能の向上: 筋量の増加に伴い、最大随意筋力(1RM)、脚パワー、階段昇降能力などの身体機能が向上する。この効果は血中テストステロン濃度と正の相関を示し、用量依存的である8。
- 骨密度: テストステロンは直接的に、またエストラジオールへの変換を介して間接的に、骨芽細胞を刺激し破骨細胞を抑制することで骨密度(BMD)を維持する。低テストステロンは男性の骨粗鬆症および骨折の主要なリスク因子である1。
3.2 精神神経系への影響:気分、認知、意欲の源泉
脳内にはアンドロゲン受容体が豊富に分布しており、テストステロンは「向精神ホルモン」としても機能する。
- ドーパミン作動性神経系への作用: 動物実験において、テストステロンは黒質線条体経路におけるドーパミン合成、ドーパミン輸送体、および受容体(D1, D2など)の発現を調節することが示されている9。これは、意欲(モチベーション)、報酬系、快感の知覚に深く関与しており、テストステロン低下が「やる気の減退」や「アンヘドニア(快感消失)」を引き起こす神経生物学的基盤となっている。
- セロトニン系と抗うつ作用: テストステロンは背側縫線核におけるセロトニンニューロンの発火頻度を高め、セロトニン輸送体の発現を上方制御することで、抗うつ的な作用を発揮する可能性がある10。メタアナリシスによれば、テストステロン補充療法は、特に性腺機能低下症を伴う男性や軽度のうつ状態(気分変調症)において、うつ症状の有意な改善効果を示す11。
- 認知機能と空間記憶: 海馬におけるシナプス可塑性や神経新生に影響を与え、特に空間認識能力や言語記憶の維持に関与する。加齢によるテストステロン低下は、認知機能低下やアルツハイマー病のリスク増大と関連しているという疫学的データも存在する2。
3.3 循環器・代謝系への影響
- 造血作用: テストステロンは腎臓でのエリスロポエチン(EPO)産生を刺激し、骨髄での赤血球生成を直接促進する。また、鉄代謝調節因子であるヘプシジンの発現を抑制し、鉄の利用効率を高める作用も持つ。これによりヘモグロビン値と酸素運搬能力が向上するが、過剰な場合は多血症のリスクとなる1。
- 血管機能と血流: 非ゲノム的作用として、血管平滑筋のカルシウムチャネル遮断やカリウムチャネル開口、血管内皮での一酸化窒素(NO)産生促進を介して血管拡張を引き起こし、冠動脈血流や末梢循環を改善する効果が報告されている3。
- 代謝プロファイル: インスリン感受性の向上、脂質代謝の改善(内臓脂肪の減少)に寄与する。低テストステロンは2型糖尿病やメタボリックシンドロームの独立したリスク因子であり、補充療法により血糖コントロールやHbA1cが改善する場合がある14。
3.4 女性におけるテストステロンの生理学的意義
テストステロンは男性特有のものではなく、女性の健康維持にも不可欠である。
- 正常範囲と産生: 女性の血中テストステロン濃度は男性の約1/10〜1/20(15-70 ng/dL)であるが、閉経前においてはエストロゲンよりも多量に産生されている15。
- 機能: 性欲(リビドー)、性的反応、骨密度の維持、筋肉量の維持、認知機能、気分の安定に寄与する。特に卵巣摘出後や副腎機能不全による急激なテストステロン低下は、著しい性欲減退や疲労感を引き起こす16。
- 女性アンドロゲン不全症候群(FAIS): 「性欲低下、活力低下、幸福感の欠如」を主徴とする症候群が提唱されているが、診断に有用な血中濃度の閾値が確立されていないため、その診断と治療(特にテストステロン補充)の適応については慎重な議論が続いている17。
4. テストステロン値の評価と低下時の病態(LOH症候群)
4.1 基準値と年齢による変動
テストステロンの分泌は加齢とともに緩やかに低下する(30歳以降、年平均1〜2%)。評価には、総テストステロン(Total Testosterone)と、生物学的活性を反映する遊離テストステロン(Free Testosterone)の測定が用いられる。
表1: 日本人男性における遊離テストステロンの年齢階層別参考基準値 19
| 年齢階層 | 男性 (pg/ml) | 女性 (pg/ml) | 臨床的解釈 |
| 20~29歳 | 8.5 ~ 27.9 | 2.7以下 | 分泌のピーク期。高い同化作用と生殖能力。 |
| 30~39歳 | 7.6 ~ 23.1 | 1.9以下 | 徐々に低下が始まる時期。 |
| 40~49歳 | 7.7 ~ 21.6 | 1.1以下 | 個人差が拡大する時期。ストレスの影響を受けやすい。 |
| 50~59歳 | 6.9 ~ 18.4 | 1.0以下 | 更年期障害(LOH)のリスクが増加。 |
| 60~69歳 | 5.4 ~ 16.7 | – | 筋力低下(サルコペニア)のリスク増。 |
| 70~79歳 | 4.5 ~ 13.8 | – | 骨粗鬆症、認知機能低下への警戒が必要。 |
注:日本のLOH症候群診断ガイドラインでは、遊離テストステロン8.5 pg/ml未満を男性ホルモン低下の基準の一つとしている。
4.2 加齢男性性腺機能低下症(LOH症候群)と影響
テストステロン値が病的に低下した状態は、LOH症候群(Late-onset Hypogonadism)として診断される。
- 身体的徴候: 筋力・筋肉量の減少(サルコペニア)、内臓脂肪の増加、骨密度低下(骨粗鬆症)、体毛の減少、貧血、発汗・ほてり(ホットフラッシュ)。
- 精神的徴候: 抑うつ気分、イライラ、不安感、睡眠障害、集中力・記憶力の低下、全般的な活力の喪失。
- 性機能: 性欲(リビドー)の著しい減退、勃起障害(ED)、早朝勃起(朝立ち)の消失、射精量の減少1。
LOH症候群は単なるQOL(生活の質)の低下にとどまらず、心血管疾患死亡率や全死亡率の上昇とも関連することが示唆されており、全身性疾患としての管理が必要である。
5. テストステロンを増やすための科学的・実践的アプローチ
テストステロンレベルの最適化には、単一の方法ではなく、睡眠、運動、栄養、メンタルケアを統合した包括的なライフスタイル介入が必要である。
5.1 睡眠と概日リズム:ホルモン回復の基盤
睡眠はテストステロン産生にとって最も強力かつ自然な「ブースター」である。
- 睡眠不足による急激な低下: シカゴ大学の研究によれば、健康な若年男性の睡眠時間を1週間、1日5時間に制限したところ、テストステロンレベルが10〜15%低下した。これは加齢による10〜15年分の低下に相当する劇的な変化である21。また、24時間の完全断眠はさらに大幅な低下を引き起こす23。
- メカニズム: テストステロン分泌には日内変動があり、入眠とともに上昇し、REM睡眠のサイクルに関連して増加、早朝にピークを迎える。睡眠分断や睡眠時無呼吸症候群(SAS)による低酸素血症は、この分泌リズムを直接的に阻害する20。
- 推奨: 少なくとも7時間〜9時間の連続した睡眠を確保すること。特に深夜から早朝にかけての睡眠の質を高めることが、翌日のテストステロンレベルを決定づける。
5.2 運動療法:強度と量の科学
5.2.1 レジスタンストレーニング(筋トレ)の最適化
筋トレはテストステロンを一過性に上昇させる最も有効な刺激であるが、そのプロトコルによって反応は異なる。
- 急性応答 vs 慢性適応:
- 急性応答(Acute Response): トレーニング直後(15〜30分以内)に血中テストステロン濃度が上昇する現象。これはカテコールアミンや乳酸の蓄積などの代謝的ストレスに反応して生じる。
- 慢性適応(Chronic Adaptation): 長期間のトレーニングによる安静時基礎値(Basal Testosterone)の変化。メタアナリシスによれば、高齢男性においてはレジスタンストレーニングを行っても安静時テストステロン値の有意な上昇は見られない場合が多い24。これは、運動の効果がホルモン値の永続的な底上げというよりは、受容体感度(AR密度の増加)や組織レベルでの同化効率の改善にある可能性を示唆している26。
- 推奨プロトコル(ホルモン応答を最大化するために):
- 種目の選択: スクワット、デッドリフト、ベンチプレスなどの多関節種目(コンパウンド種目)を行い、動員する筋肉量(Muscle Mass)を最大化する27。単関節種目ではホルモン応答は限定的である。
- 負荷設定: 「筋肥大プロトコル」とされる、1RMの75-85%の重量で8-10回、セット間休憩を60-90秒と短めに設定する方法が、成長ホルモンおよびテストステロンの急性応答を強く引き出す29。
- ボリューム: 総負荷量(Volume Load)が重要であり、十分なセット数を行う必要があるが、過度なボリュームによるオーバートレーニングは逆にテストステロンを低下させるため注意が必要である30。
5.2.2 高強度インターバルトレーニング(HIIT)
HIITもまた有効な手段である。
- 効果: 短時間の高強度運動は遊離テストステロンを上昇させる。マスターズアスリートを対象とした研究では、HIIT導入後に遊離テストステロンの有意な上昇が確認されている31。
- T/C比の管理: 激しいHIIT直後はコルチゾールも上昇するため、テストステロン/コルチゾール比(T/C比)が一過性に低下することがある32。十分な回復期間を設けることで、長期的には良好なホルモンバランスを得られる。
5.3 栄養学的介入とサプリメントの科学的根拠
5.3.1 テストステロン合成を支援する栄養素
- 亜鉛 (Zinc):
- 機序: 亜鉛はテストステロン合成の要であり、ライディッヒ細胞における酵素活性や、テストステロンからDHTへの変換酵素(5α-還元酵素)の構造維持に関与する33。亜鉛欠乏はライディッヒ細胞の機能不全とアポトーシスを招く。
- エビデンス: 亜鉛欠乏状態の男性への補給は劇的にテストステロン値を回復させるが、充足している人への過剰投与による上乗せ効果は限定的である。
- ビタミンD:
- 機序: 精巣にはビタミンD受容体(VDR)が発現しており、ビタミンDはステロイド合成遺伝子の発現を直接的または間接的に調節している。また、SHBGを低下させ、遊離テストステロン比率を高める可能性も示唆されている。
- エビデンス: 多くの観察研究で血中ビタミンD濃度とテストステロン濃度に正の相関が確認されている34。
- アシュワガンダ (Ashwagandha):
- 機序: 強力な抗ストレス作用(アダプトゲン)を持ち、コルチゾールレベルを低下させることで、HPG軸への抑制を解除する。また、抗酸化作用により精巣の酸化的損傷を防ぐ。
- エビデンス: ストレスを抱える男性や不妊男性を対象としたRCTにおいて、1日300-600mgの摂取がテストステロン値を15%以上、場合によっては有意に上昇させることが報告されている34。
- タマネギとショウガ:
- タマネギ: ラット実験において、タマネギジュースやケルセチンの摂取がLH分泌を促進し、精巣内の抗酸化システムを強化することでテストステロンを増加させたという興味深いデータがある37。
- ショウガ: 同様に、精巣の酸化ストレス軽減と血流改善を通じてテストステロン産生をサポートする可能性が示されている39。
5.3.2 避けるべき食品と習慣
特定の食品や成分はテストステロン値を低下させるリスクがある。
表2: テストステロン低下リスクのある食品・成分とその機序
| 食品・成分 | 科学的根拠と生理学的メカニズム |
| トランス脂肪酸 | 加工食品、マーガリンなどに含まれる。摂取量が多い男性ほどテストステロン値が低く(最大15%低下)、精子形成能も低い相関が示されている41。全身の炎症惹起が関与している可能性がある。 |
| アルコール | エタノールはライディッヒ細胞に対して直接的な毒性を持ち、テストステロン合成酵素を阻害する。また、肝臓でのエストロゲン代謝を妨げ、エストロゲン比率を高める作用がある20。 |
| リコリス(甘草) | 漢方薬やお菓子に含まれるグリチルリチン酸は、17β-ヒドロキシステロイド脱水素酵素(17β-HSD)を阻害し、テストステロン合成を強力に抑制する。男女ともに血中濃度の低下が確認されている41。 |
| ミント | スペアミントやペパーミントは、動物実験および女性を対象とした研究でテストステロンレベルを有意に低下させることが報告されており、多毛症治療に用いられることもあるほどである41。男性の過剰摂取は避けるべきである。 |
| 多価不飽和脂肪酸 (PUFA) | 特にオメガ6脂肪酸の過剰摂取は、炎症性サイトカインを増加させ、精巣機能を抑制する可能性が示唆されている。バランスが重要である42。 |
6. 結論と提言
6.1 総括
本研究報告における包括的な分析により、テストステロンは人体の恒常性維持、特に筋骨格系の完全性、精神的活力、代謝機能の最適化において中心的役割を果たすホルモンであることが確認された。その作用機序は、アンドロゲン受容体を介した遺伝子発現制御から、他受容体(VDR等)とのクロストーク、代謝産物(DHT、エストラジオール)による多様な経路に及ぶ。
現代社会におけるテストステロン低下(LOH症候群の増加)は、加齢という不可避な要因に加え、睡眠不足、運動不足、栄養の偏り(微量栄養素欠乏と加工食品過多)、慢性的なストレス環境という「環境因子」が複合的に作用した結果である。
6.2 実践的提言
個人の健康寿命延伸とパフォーマンス最大化のために、以下の統合的戦略を推奨する。
- 睡眠の質の絶対的優先: 睡眠を削ることは、内分泌学的に見て「自分自身を去勢する」に等しい行為であると認識し、7時間以上の質の高い睡眠を確保する。
- 筋力トレーニングの習慣化: 週2回以上の、大筋群を用いた高強度レジスタンストレーニングを行う。急性ホルモン応答を狙うセット構成と、長期的な筋量維持を組み合わせる。
- 栄養摂取の戦略的選択: 亜鉛とビタミンDの充足を基本とし、加工食品(トランス脂肪酸)や過度な飲酒を控える。ストレス過多の場合はアシュワガンダ等のサプリメント利用を検討する。
- 医学的モニタリング: 40代以降の男性は、定期的な血液検査で自身のベースラインを知り、著しい低下や症状が見られる場合は専門医によるホルモン補充療法(TRT)の適応を相談する。
テストステロンの維持・向上は、単なる「男らしさ」の追求ではなく、心身の活力を保ち、病気を予防するための極めて論理的かつ科学的な健康管理手法である。
<参考文献・出典>
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