うつ病の前兆となる適応障害。早めの対処で心を救うことができる

大うつ病性障害と適応障害の鑑別診断、病態生理学、および包括的治療戦略に関する臨床研究報告書

39歳で適応障害になった私。うつ病とか適応障害とか、弱いやつがなる病気だとたかを括ってた私だが、自らが患って価値観が変わった。

この調査レポートを読むことで、周りの人がうつ病や適応障害になった時にどのように対応すれば良いのかがわかる。ぜひ、多くの方に知っておいてほしい。

読者の皆様のご意見や感想をコメント頂けると幸いだ。

目次

1. 序論:現代精神医学における診断的境界の重要性

現代の精神医学臨床において、大うつ病性障害(Major Depressive Disorder: MDD、以下「うつ病」)と適応障害(Adjustment Disorder: AD)の鑑別は、最も頻繁に遭遇する診断的課題の一つであり、かつ治療予後を決定づける極めて重要なプロセスである。両疾患は「抑うつ気分」「不安」「意欲の低下」「不眠」といった共通の表現型を呈するため、表層的な症状観察のみでは区別が困難な場合が少なくない1。しかし、これらは病因論、神経生物学的基盤、経過、そして何より第一選択となる治療介入において、決定的に異なる疾患概念である。

うつ病は、生物学的基盤を含む多因子によって引き起こされる気分障害であり、一度発症すると自律的な病程をたどる傾向が強く、未治療の場合、長期的な機能不全や自殺リスクの上昇を招く重篤な疾患である3。一方で適応障害は、明確な心理社会的ストレス因子に対する不適応反応と定義され、その反応が予測される範囲を超えて著しい苦痛をもたらすものの、基本的には可逆的な病態である5

臨床現場において、適応障害をうつ病と誤診することは、不必要な向精神薬の長期投与や副作用のリスクを患者に負わせるだけでなく、本来解決すべき環境要因への介入が見過ごされる事態を招く7。逆に、うつ病を「単なるストレス反応(適応障害)」と過小評価することは、必要な薬物療法や休息の導入を遅らせ、難治性うつ病への移行や生命に関わる事態を引き起こす危険性を孕んでいる。本報告書では、DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)の基準に基づきつつ、医学的な病態生理、臨床症状の質的差異、適応障害からうつ病への移行リスク、そしてそれぞれの治療戦略について、最新の知見を網羅的かつ詳細に論じる。


2. 疾患概念と診断分類の変遷と現状

2.1 大うつ病性障害(MDD)の診断学的枠組みと歴史的変遷

うつ病(MDD)は、単なる一時的な気分の落ち込みとは明確に区別される、持続的かつ侵襲的な気分障害である。歴史的にうつ病は、原因が外部に見当たらない「内因性うつ病(Endogenous Depression)」と、環境要因に反応して生じる「反応性うつ病(Reactive Depression)」や「心因性うつ病(Psychogenic Depression)」に分類されてきた。現在のDSM-5の診断基準においては、病因論(原因が何か)ではなく、症状の現象学的な記述(どのような症状があるか)に基づいて診断がなされる操作的診断基準が採用されているが、臨床実態としては、かつての「内因性」の特徴を持つ群が薬物療法への反応性が高いMDDの中核群として認識されている7

MDDの診断には、以下の9つの症状のうち5つ以上が「2週間以上」持続し、以前の機能レベルからの変化が見られることを必須とする3

  • 中核症状: 「抑うつ気分」または「興味・喜びの喪失(アンヘドニア)」の少なくとも一方が存在しなければならない10
  • 身体・精神運動症状: 体重の増減、睡眠障害(不眠または過眠)、精神運動焦燥または制止、易疲労性。
  • 認知・思考障害: 無価値感または過剰な罪責感、思考力・集中力の減退、希死念慮。

特筆すべき変更点として、DSM-IVで存在した「死別反応(Bereavement exclusion)」の除外規定がDSM-5では削除されたことが挙げられる11。これは、死別という極度のストレス下であっても、MDDの診断基準を満たす重篤な状態であれば、それは単なる悲嘆(Grief)を超えた治療対象であるという臨床的合意に基づくものである。この変更は、ストレス因の有無にかかわらず、症状の重症度と持続性が診断の鍵であることを示唆している。

2.2 適応障害(AD)の定義とストレス因への依存性

適応障害は、はっきりと確認できるストレス因子(ストレッサー)に対する、情緒面または行動面の不適応反応と定義される。この診断の核心は、「ストレス因への反応」という因果関係と時間的制約にある1

DSM-5における適応障害の診断基準は以下の通りである5

  • A. 時間的基準: ストレス因の始まりから3ヶ月以内に症状が出現すること。
  • B. 臨床的意義: ストレス因の重症度から予測される範囲を著しく超えた苦痛、または社会的・職業的機能の著しい障害。
  • C. 除外診断: ストレス関連障害がうつ病など他の精神疾患の基準を満たしておらず、既存の疾患の悪化ではないこと。
  • E. 持続期間: ストレス因(またはその結果)が終結した後、症状がさらに6ヶ月以上持続しないこと。

適応障害の診断において最も重要な点は、基準Cにある「他の精神疾患の基準を満たしていない」という点である。つまり、明らかにストレスが原因で発症していたとしても、症状の重症度や持続期間がMDDの基準を満たす場合、診断は「MDD」となり「適応障害」とは診断されないという階層性が存在する7。これは、MDDの治療(薬物療法等)が優先されるべき臨床的判断を反映している。

2.3 鑑別におけるDSM-5の限界と臨床的判断

DSM-5の操作的診断基準は信頼性の高いツールであるが、MDDの軽症例と適応障害の重症例の境界は連続的であり、明確な線引きが難しい場合がある。特に「臨床的に著しい苦痛」や「予測される範囲を超えた反応」という基準は、臨床医の主観や文化的背景に依存する部分が大きい12。したがって、診断においてはチェックリスト的な症状の確認に加え、患者の病前性格、ストレス対処能力(コーピング)、およびストレス因の質的評価を含む包括的なアセスメントが不可欠となる。


3. 臨床症状における詳細な鑑別点:医学的側面の深掘り

うつ病と適応障害の鑑別において、単に症状の有無(「眠れないか?」「落ち込んでいるか?」)を確認するだけでは不十分である。臨床医は症状の「質(Quality)」、「反応性(Reactivity)」、そして「経過(Course)」に注目し、詳細な問診を行う必要がある。

3.1 気分反応性(Mood Reactivity)の有無

最も信頼性の高い鑑別点の一つが、環境変化に対する気分の反応性である。

  • 適応障害における気分反応性: 適応障害の患者においては、気分反応性が保たれていることが多い2。すなわち、ストレス因から物理的・心理的に離れた状況(例:趣味の時間、友人との会話、休日、帰宅後)では、一時的に気分が改善し、笑顔が見られたり、活動を楽しむことができたりする場合がある。これは、脳の感情調節機能が完全に破綻しているわけではなく、特定のストレッサーに対して過敏に反応している状態であることを示唆している。「会社に行こうとすると腹痛や動悸がするが、休日は元気に遊べる」といった、いわゆる「新型うつ(現代型うつ)」と呼ばれる病態の多くは、この適応障害の特徴を有していると解釈されることが多い8
  • うつ病における自律性とアンヘドニア: 対照的に、典型的なうつ病(特にメランコリー型)では、気分反応性が消失、あるいは著しく低下している。どのような好ましい状況、激励、環境の変化、あるいは喜ばしい出来事があっても、抑うつ気分が晴れることがない(気分の自律性)。患者は「何をしていても楽しくない」「砂を噛むような味気なさ」「感情が死んでしまったような感覚」といった、全般的なアンヘドニア(快感消失)を訴える8。この「喜びの喪失」はMDD診断の中核であり、適応障害との決定的な分水嶺となる。

3.2 ストレス因との因果関係と時間的推移

  • 原因の明確性と持続性: 適応障害は「特定のストレス(例:配置転換、離婚、ハラスメント)」が原因であり、そのストレスが除去されれば症状は速やかに(通常6ヶ月以内に)改善に向かう1。対して、うつ病は明確な契機(ライフイベント)がある場合もあれば、全く誘因なく発症する場合もある。
  • ストレス除去後の「自走」現象: 鑑別上極めて重要な点は、うつ病の場合、発症のきっかけが明確なストレスであったとしても、一度病態が完成してしまうと、ストレス因が取り除かれても症状が改善しないことが多い点である2。これは、慢性的なストレス暴露によって脳内の神経生物学的変化が固定化し、ストレス因から独立して症状が自走(一人歩き)し始めるためである。適応障害であれば、休職や異動によって劇的な改善が見られることが多いが、うつ病の場合は休職してもなお、「休んでいることへの罪悪感」に苛まれ、症状が遷延する傾向がある。

3.3 身体症状と自律神経症状の質的差異

両疾患ともに不眠や食欲不振を呈するが、そのパターンには微細ながら重要な違いが見られる。

  • 睡眠障害のパターン: うつ病では「早朝覚醒(通常よりも2時間以上早く目が覚めてしまい、その後再入眠できない)」や、熟眠感の欠如が典型的である。また、日内変動(Diurnal variation)として、朝方に気分や身体の重さが最も悪く、夕方から夜にかけて多少軽快するというパターンを呈することが多い3。一方、適応障害では、ストレス因(翌日の出勤や特定の対人関係)を想起することによる不安や緊張が主となるため、「入眠困難」が主訴となる傾向が強い。また、日内変動も、出勤前の朝に悪化し、帰宅後の夜に改善するという、環境依存性の変動を示すことが多い。
  • 食欲と体重変動: うつ病では、視床下部の機能障害を示唆する「著しい体重減少(1ヶ月で5%以上)」が見られることが多く、これは本人の意思によるダイエットとは無関係である3。食事の味がしない(味覚鈍麻)と訴えることもある。適応障害でも食欲不振は起こるが、逆にストレス発散のための過食(エモーショナル・イーティング)による体重増加など、心理的な代償行動が目立つ場合もある。

3.4 認知の歪みと罪責感の方向性

  • 自責 vs 他責・環境への反応: うつ病患者は「自分が悪い」「自分はダメな人間だ」という過度な自責の念(罪業妄想に近いレベル)や無価値感に支配されやすい3。これは現実検討能力の低下を伴う場合がある。一方、適応障害の患者は、苦痛の原因を特定の環境や他者(上司、配偶者、組織のシステムなど)に関連づけることが可能であり、「あの状況さえなければ自分は普通でいられるのに」という思考が保たれている場合がある15。ただし、適応障害が慢性化し、自信を喪失していく過程で自責的になるケースもあり、横断的な観察だけでは判断が難しい場合もある。

表1: 大うつ病性障害(MDD)と適応障害(AD)の臨床的特徴の包括的比較

臨床的特徴大うつ病性障害 (MDD)適応障害 (AD)
発症要因多因子(遺伝、生物学、環境)。不明な場合も多い(内因性)。特定可能なストレス因が必須。ストレス開始から3ヶ月以内に発症。
気分反応性なし〜乏しい(良い出来事があっても気分が晴れない)。あり(ストレスから離れると一時的に改善・楽しめる)。
興味・喜びの喪失全般的・持続的(アンヘドニア)。生活全般に及ぶ。部分的・状況依存的。趣味などは楽しめる場合がある。
ストレス除去後の経過ストレスがなくなっても症状が持続・自走することが多い。ストレス除去により速やかに(数日〜数週間)改善する傾向。
持続期間治療しなければ長期化(6-12ヶ月以上)の可能性。再発率高い。ストレス終結後6ヶ月以内に改善(慢性化の例外あり)。
罪責感・認知過剰で不適切な自責、無価値感、罪業妄想。状況への焦燥感、不安、被害感、他責的傾向が混在。
日内変動朝方に悪化し、夕方に軽快する傾向(典型例)。出勤前やストレス直前に悪化し、帰宅後に改善する傾向。
睡眠障害早朝覚醒、中途覚醒、熟眠障害。入眠困難(不安による)、悪夢。
自殺念慮希死念慮が強く、計画的・突発的になるリスクが高い。状況からの逃避願望としての死にたい気持ち、衝動的行動化。

4. 病態生理学的考察:脳内で何が起きているのか

うつ病と適応障害の違いをより深く理解するためには、その背景にある神経生物学的メカニズムの違いに目を向ける必要がある。

4.1 うつ病の生物学的基盤:神経可塑性の不全

うつ病は、単なる心理的な悩みではなく、脳の器質的・機能的な変化を伴う疾患であるというエビデンスが蓄積されている。

  • モノアミン仮説とその発展: 古典的にはセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンといった神経伝達物質のシナプス間隙における枯渇や、受容体の感受性低下が想定されてきた。これにより、情動調節、意欲、認知機能、睡眠・覚醒リズムの調整機能が全般的に低下する。
  • HPA軸の調節障害と神経毒性: 慢性的なストレスや遺伝的素因により、視床下部-下垂体-副腎皮質系(HPA軸)のネガティブフィードバック機構が破綻し、コルチゾールが過剰分泌される状態が続く。高濃度のコルチゾールは海馬の神経細胞に対して毒性を持ち、神経新生(Neurogenesis)を抑制し、海馬の萎縮を引き起こすことがMRI研究などで示されている8
  • BDNF(脳由来神経栄養因子)の低下: うつ病患者の脳内ではBDNFの発現が低下しており、これが神経可塑性(Neural Plasticity)の低下を招いているとされる。抗うつ薬は、単にモノアミンを増やすだけでなく、長期的にはBDNFを増加させ、神経新生を促進することで治療効果を発揮すると考えられている。

4.2 適応障害の生物学的側面:ストレス反応の限界

適応障害は、過剰なストレス負荷に対する生体の恒常性維持機構(ホメオスタシス)が限界を超えた状態、あるいは「生理的な限界反応」と捉えることができる。

  • アロスタティック・ロード: 適応障害の状態では、ストレスに対応するためにHPA軸や自律神経系がフル稼働しているが(アロスタティック・ロードの増大)、まだ脳の器質的な変化や不可逆的な受容体のダウンレギュレーションには至っていない段階と考えられる。これが、環境調整(ストレス除去)によって速やかに症状が可逆的に回復する理由を説明する生物学的根拠となり得る。
  • 脆弱性とレジリエンスの不均衡: 個人の持つ遺伝的な気質や、過去の経験によって培われた対処能力(コーピングスキル)に対し、ストレスの強度や量が圧倒した時に発症する。脳内の特定の部位の障害というよりは、ストレス処理ネットワークの一時的な機能不全(オーバーヒート)に近い状態と推測される5

4.3 適応障害からうつ病への移行(Conversion)のメカニズム

臨床的に最も警戒すべきは、適応障害がうつ病の前段階(プロドローム)である可能性である。統計データによると、適応障害と診断された患者の20〜30%が、診断後6ヶ月以内にうつ病へ移行するリスクがあると報告されている17

この移行現象のメカニズムとして、以下の仮説が考えられる。

  1. 神経毒性の蓄積: 適応障害の状態(高ストレス・高コルチゾール状態)が環境調整なしに長期間放置されることで、海馬や前頭前野へのダメージが蓄積し、可逆的な「反応」から不可逆的な「障害(うつ病)」へと病態が進行する。
  2. 学習性無力感の固定化: 逃れられないストレス環境に長期間晒されることで、脳が「何をしても状況は変わらない」と学習し、セロトニン系やドーパミン系の機能低下を引き起こす。
  3. 診断の修正: 当初はストレス因が目立っていたため適応障害と診断されたが、実際にはすでにうつ病の病態が始まっており、時間の経過とともに中核症状(自律的な気分の落ち込みなど)が顕在化してきたケース。

特に、「自責感が強まる」「アンヘドニアが持続する」「2週間以上、環境が変わっても憂鬱が晴れない」といった兆候が見られる場合、それは適応障害からうつ病への移行、あるいは当初の診断の見直しを示唆する重要なサインである15


5. 治療戦略と対処法の詳細:診断に基づくアプローチの相違

診断の違いは、治療戦略の優先順位を決定的に変える。うつ病治療の中心は「生物学的介入(薬物)」と「完全な休息」であるのに対し、適応障害の中心は「環境調整」と「心理的対処」である。

5.1 うつ病(MDD)の包括的治療戦略

うつ病の治療は、脳の機能不全を回復させることに主眼が置かれる。

(1) 薬物療法(Pharmacotherapy)

中等症以上のMDDにおいては、薬物療法が第一選択となることが国際的なガイドラインで推奨されている4

  • 抗うつ薬の選択: 第一選択薬として、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬:エスシタロプラム、セルトラリン等)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬:デュロキセチン等)が用いられる。これらは効果発現に2週間〜数ヶ月を要するため、患者への十分な説明(心理教育)が必要である。
  • 作用機序と目標: これらの薬剤は、シナプス間隙のモノアミン濃度を高め、長期的には受容体の感度調整やBDNFの増加を介して神経修復を促すことを目的とする。
  • 補助療法: 不眠に対する睡眠薬、焦燥感に対する抗精神病薬(アリピプラゾール等)の併用(増強療法)も、難治例には検討される。

(2) 休養と生活指導(Rest & Lifestyle)

うつ病急性期における休養は、単なる休みではなく「治療」の一部である。脳のエネルギーが枯渇している状態であるため、仕事や家事、育児などの負荷を物理的に遮断し、十分な睡眠と栄養を確保することが不可欠である。「頑張らせない」「重要な決断を先送りさせる」ことが鉄則である。この時期の無理な運動や旅行は、かえって疲労を招き症状を悪化させるため避けるべきである5

(3) 精神療法(Psychotherapy)

急性期が過ぎ、ある程度のエネルギーが回復してきた回復期において、再発予防を目的とした精神療法が導入される。

  • 認知行動療法(CBT): うつ病特有の「極端な一般化」「白黒思考」「マイナス思考」といった認知の歪みを修正し、現実的で柔軟な思考パターンを身につける。
  • 対人関係療法(IPT): 対人関係の役割変化や対立に焦点を当て、社会的機能の回復を目指す。

5.2 適応障害(AD)の包括的治療戦略

適応障害治療のゴールは、「適応能力の回復」または「環境との適合」である。薬物療法はあくまで補助的な役割に留まる。

(1) 環境調整(Environmental Intervention)

これが適応障害治療のゴールドスタンダード(最優先治療)である2

  • ストレス因の物理的除去: 原因が特定されているため、そこから離れることが最も効果的かつ根本的な治療となる。職場でのストレスであれば、休職、部署異動、業務量の調整、配置転換などが該当する。
  • 診断的治療としての休職: 「休職して症状が改善するか」は診断的意義も大きい。休職により数週間で劇的に元気になる場合は適応障害の可能性が高く、逆に休職しても症状が変わらない、あるいは悪化する場合はうつ病の可能性が高いと判断できる14
  • 復職支援の重要性: 適応障害の場合、環境調整なしに元の職場へ復帰させることは、再発率を極めて高くする(ほぼ100%再発するという臨床的実感を持つ医師も多い)。産業医や人事との連携による環境の再構築が不可欠である。

(2) 精神療法・カウンセリング

ストレス因そのものを除去できない場合(例:慢性疾患の罹患、変えられない家族関係、経済的困窮など)、そのストレスに対する本人の「受け止め方(認知)」や「対処行動(コーピング)」を変えるアプローチが必要となる5

  • 問題解決療法: ストレス因を細分化し、具体的に解決可能な問題として取り組むスキルを習得させる。
  • ストレスマネジメント: リラクゼーション法(呼吸法、筋弛緩法)やマインドフルネスなどを通じて、ストレス反応を自己コントロールする技術を身につける。

(3) 薬物療法の限定的役割

適応障害に対する特効薬は存在せず、抗うつ薬のエビデンスはうつ病に比べて乏しい。

  • 対症療法: 「眠れない」「不安で動悸がする」といった特定の苦痛な症状(ターゲットシンプトム)に対して、ベンゾジアゼピン系抗不安薬や睡眠薬を頓服または短期間使用する2
  • 注意点: 薬で症状(アラーム)を消して、無理に過酷な環境に適応させようとすることは、根本解決にならないばかりか、問題を先送りし、疲弊を進行させ、最終的に重篤なうつ病へ移行させるリスク(医原性の重症化)があるため厳に慎むべきである。

5.3 ライフスタイルとセルフケアの相違点

両疾患に対するセルフケアのアプローチも異なる5

  • 適応障害へのアプローチ: レジリエンスを高める活動が推奨される。適度な運動、友人との交流、趣味への没頭など、能動的なストレス解消(アクティブレスト)が有効である。ソーシャルサポートを活用し、孤独を防ぐことも重要である。
  • うつ病へのアプローチ: 急性期には「何もしないこと(パッシブレスト)」が推奨される。励ましや気晴らしへの誘いは、患者に「楽しめない自分」への罪悪感を植え付け、追い詰めることになるため禁忌に近い。回復期に入ってから、段階的に散歩などの軽い運動を取り入れる。

表2: 治療戦略の比較

治療項目うつ病(MDD)適応障害(AD)
第一選択薬物療法 + 休養環境調整(ストレス除去)
薬物療法の役割中核的治療。脳機能の修復を目指す。SSRI/SNRI等を十分量・十分期間投与。対症療法・補助的役割。不眠や不安の緩和に留める。漫然とした長期投与は避ける。
休養の質完全休養。刺激を遮断し、何もしないことを肯定する。ストレス因からの離脱。ただし、趣味や運動など能動的な活動は推奨される場合がある。
精神療法急性期は支持的アプローチのみ。回復期にCBTや再発予防に取り組む。初期の段階からカウンセリング、ストレス対処法の習得、問題解決技法が有効。
環境調整治療の前提条件(休養環境の確保)。治療の本質。これがなされなければ改善は望めない。
復職の判断症状が十分寛解し、生活リズムが整ってから慎重に。環境側の調整(異動、業務変更など)が確約されていることが必須条件。

6. 予後と再発予防:長期的視点からのマネジメント

うつ病の予後と維持療法

うつ病は再発率が高い疾患であり、慢性疾患として捉える必要がある。一度発症すると約50%が再発し、2回発症すると70%、3回以上で90%が再発すると言われている。そのため、症状が消失(寛解)した後も、勝手に断薬せず、維持療法として薬物の継続を半年〜1年以上続けることがガイドラインで強く推奨されている。再発を繰り返すごとに難治化し、脳へのダメージも蓄積するため、初発時の十分な治療と維持療法が一生のQOLを左右する4

適応障害の予後と再発リスク

適切にストレス因が処理されれば、予後は一般的に良好である。定義上、ストレッサーの終結から6ヶ月以内に症状は消失する1。しかし、根本的な環境調整が行われないまま、あるいは本人のストレス対処スキルが未熟なまま復職・復帰した場合、再発率は極めて高い。また、適応障害からうつ病への移行リスクを常に念頭に置き、経過観察中にうつ病の兆候(持続的なアンヘドニア、希死念慮、日内変動の出現など)が現れないか、慎重なモニタリングが必要である。適応障害と診断された場合でも、症状が長引く場合は診断の見直し(うつ病への診断変更)を躊躇してはならない15


7. 結論

うつ病と適応障害は、臨床症状において多くの重複を持ちながらも、その本質においては「脳の機能不全(うつ病)」と「環境との不調和(適応障害)」という異なる病態である。

  • うつ病に対する最善の策は、早期発見と、十分な「休息と薬物療法」である。これは「心の風邪」というよりは「脳の骨折」のような状態であり、ギブス(薬と休息)をして時間をかけて治す必要がある。
  • 適応障害に対する最善の策は、「環境調整」である。薬で症状を抑えて過酷な環境に耐え続けることは、生体の警告システムを無視する行為であり、医学的に推奨されない。勇気ある撤退(休職、退職、異動)こそが、時に最大の治療となる。

臨床医、患者、そして患者を取り巻く家族や職場の上司は、この両者の違いを深く理解し、目の前の症状が「環境を変えれば治る反応」なのか、「専門的な治療を要する脳の病気」なのかを見極める必要がある。自己判断による放置や、「甘え」という精神論による抑圧は、適応障害のうつ病化や、うつ病の重症化・自殺リスクを招く最大のリスクファクターである。したがって、2週間以上続く不調がある場合は、早期に精神科・心療内科を受診し、適切な鑑別診断と治療計画を受けることが、回復への唯一かつ最短の道筋である。

<参考文献・出典>
本レポートで参照した主な情報源および関連リンクは以下の通りです。

  1. Adjustment disorder vs. MDD: Differences explained
  2. 適応障害とうつ病の違いとは?診断基準や治療方法を紹介
  3. DSM-5 Criteria for Major Depressive Disorder – MDCalc
  4. Major depressive disorder – Wikipedia
  5. Adjustment disorders – Diagnosis and treatment – Mayo Clinic
  6. Adjustment Disorders: What They Are, Symptoms & Treatment – Cleveland Clinic
  7. “I was very sad, but not depressed”: phenomenological differences between adjustment disorder and a major depressive episode – NIH
  8. 精神科:基本情報 – 虎の門病院
  9. DSM-5-Major-Depressive-Disorder.pdf
  10. Table 9, DSM-IV to DSM-5 Major Depressive Episode/Disorder Comparison – NCBI – NIH
  11. Major depressive disorder – American Psychiatric Association
  12. Adjustment Disorders – Psychiatric Disorders – Merck Manual Professional Edition
  13. Table 3.19, DSM-IV to DSM-5 Adjustment Disorders Comparison – NCBI
  14. 適応障害とうつ病の違いとは?見分け方と治療のポイント | emol Mental Health Column
  15. 【医師が解説】適応障害とうつ病の違いとは?症状・原因・治療法・仕事への影響まで徹底比較
  16. DSM-5 Criteria: Major Depressive Disorder – Florida Program for Behavioral Health Improvements and Solutions
  17. yobouiryoukai.com
  18. Adjustment disorder considered | Advances in Psychiatric Treatment | Cambridge Core
  19. The longitudinal dispositions of people diagnosed with adjustment or severe stress disorders – PMC – NIH
  20. 適応障害 / 統合失調症
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次